名古屋地方裁判所 昭和61年(ワ)4068号 判決 1987年8月28日
反訴原告
松田弘
ほか三名
反訴被告
安田株式会社
ほか一名
主文
一 反訴被告らは、各自、反訴原告松田弘に対し、金八七万六五八六円及びこれに対する昭和六一年三月一五日から完済まで年五分の割合による金員、反訴原告松田潤一に対し金八七万六五八六円及びこれに対する昭和六一年三月一五日から完済まで年五分の割合による金員、反訴原告伊藤珠子に対し金八七万六五八六円及びこれに対する昭和六一年三月一五日から完済まで年五分の割合による金員、反訴原告松田満雄に対し金八七万六五八六円及びこれに対する昭和六一年三月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 反訴原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その二を反訴原告ら、その一を反訴被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 反訴被告らは各自、反訴原告松田弘に対し金二五六万一八六二円及びこれに対する昭和六一年三月一五日から完済まで年五分の割合による金員、反訴原告松田潤一に対し金二五六万一八六二円及びこれに対する昭和六一年三月一五日から完済まで年五分の割合による金員、反訴原告伊藤珠子に対し金二五六万一八六二円及びこれに対する昭和六一年三月一五日から完済まで年五分の割合による金員、反訴原告松田満雄に対し金二五六万一八六二円及びこれに対する昭和六一年三月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は反訴被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 反訴原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は反訴原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 本件(交通)事故の発生
松田きく代(以下亡きく代という)は、昭和六一年三月一五日午前一〇時二〇分頃、名古屋市昭和区安田通三丁目一四番地先道路において、同道路を北方へ横断歩行中、折から宮裏交差点方面から安田通三丁目交差点方面に向け疾走してきた反訴被告谷藤健二(以下反訴被告谷藤という)が運転する反訴被告安田株式会社(以下反訴被告会社という)所有の普通貨物自動車(尾張小牧四四ち四二七一―以下反訴被告車という)の前部に接触し、跳ね飛ばされ、因つて頭部外傷、頭蓋内出血、全身打撲の傷害を負い、同日午前一一時四五分頃死亡したものである。
2 反訴被告谷藤の責任
反訴被告谷藤は、前記1記載の日時に同記載の場所を進行するにあたり、自動車運転者として自車の進路にあたる路上及びその周辺歩道上の歩行者の動静を注視し、同所を横断し又は横断しようとする歩行者のないことを確認してから通過すべき業務上の注意義務が存するにもかかわらずこれを怠り、前方交差点の信号表示に気をとられ、進行道路上に対する注視不十分のまま、反訴被告車を漫然運転進行した過失により、折から右道路上を左方から右方にかけ横断歩行中の亡きく代を至近距離になつて初めて気づき、急ブレーキをかけたが及ばず、反訴被告車前部を亡きく代に衝突させて一〇メートル余り跳ね飛ばし、よつて亡きく代を死亡に至らしめたものであるから、不法行為による損害賠償責任がある。
3 反訴被告会社の責任
反訴被告会社は反訴被告車の所有者であり、且つ、本件事故当時、反訴被告谷藤は、反訴被告会社の従業員であつて、同会社の職務執行中、反訴被告車を運転していたものであるから、反訴被告会社は、自己のために反訴被告車を運行の用に供する者として、自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)三条により、反訴被告谷藤が亡きく代ないし反訴原告らに与えた損害について賠償すべき義務がある。
4 反訴原告らは、いずれも亡きく代の子であり、亡きく代の死亡により、反訴原告らは各四分の一を相続した。
5 損害
(一) 治療費 金一〇万二二六〇円
(二) 葬儀費用 金九一万〇七四〇円
(三) 逸失利益 金三四九万八四一一円
昭和六〇年賃金センサス第一巻第一表六五歳以上女子労働者平均給与金二一三万五〇〇〇円
生活費控除四〇パーセント
ホフマン係数二・七三一
213万5000×0.6×2.731=349万8411(円)
なお、亡きく代は高齢ではあるが、反訴原告伊藤珠子が幼稚園長をしているため、自宅では同反訴原告の二人の子供の世話や別棟の清掃管理等をしてきたものであり、労働の意思と能力を有することは明らかである。
(四) 慰藉料 金一七〇〇万円
亡きく代は、本件(交通)事故により死亡したが、前記1の事故の態様、本件事故後反訴被告会社が反訴原告伊藤珠子方を訪れたのは昭和六一年五月四日(事故後約五〇日)が最初であり、示談交渉時にも「罰金で済む案件だ」と放言するなど、反訴被告らの本件事故後の態度には全く誠意がないこと、前記(三)の亡きく代の果たしていた役割等を総合すると、慰藉料として金一七〇〇万円が相当である。
(五) 控除額 金一〇九六万三九六〇円
反訴原告らは、本件事故の損害賠償金として金一〇九六万三九六〇円を受領している。
(六) 前記(一)ないし(四)の合計額から前記(五)の金額を控除すると一〇五四万七四五一円となる。
(七) 弁護士費用 金七〇万円
反訴原告らは本件事故に基づく損害賠償請求のために弁護士に訴訟代理を委任し、その報酬として金七〇万円の支払を約した。
(八) 反訴原告らの相続分は各四分の一であるから、反訴原告各自の損害は二八一万一八六二円となる。
1054万7451×1/4+70万×1/4=263万6862+17万5000=281万1862(円)
6 よつて反訴被告ら各自に対し、反訴原告松田弘は本件事故に基づく損害賠償内金二五六万一八六二円及びこれに対する本件事故日である昭和六一年三月一五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、反訴原告松田潤一は前同賠償内金二五六万一八六二円及びこれに対する前同昭和六一年三月一五日から完済に至るまで前同年五分の割合による遅延損害金、反訴原告伊藤珠子は前同賠償内金二五六万一八六二円及びこれに対する前同昭和六一年三月一五日から完済まで前同年五分の割合による遅延損害金、反訴原告松田満雄は前同賠償内金二五六万一八六二円及びこれに対する前同昭和六一年三月一五日から完済まで前同年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
二 請求原因に対する答弁
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2、3は争う。
3 同4の事実は認める
4 同5の中(五)(控除額)は認め、その余は争う。
(三)逸失利益について、亡きく代は事故当時七七歳と高齢であり、腰痛で週二回位は病院に通院しており、通常の労働の意思と能力が存したとはいえない。
(四)慰藉料について、反訴被告谷藤は本件事故後、反訴原告らに謝罪し、本件事故翌日には反訴被告谷藤と反訴被告会社の常務取締約、支店長、総務次長が反訴原告松田弘方へわびに行つており、その翌日の葬儀にも右四名が出席している。その他反訴被告谷藤は、月命日、四九日、百日日に亡きく代の遺族方を訪ねている。
三 抗弁
(過失相殺)
亡きく代は、左右の車の走行状態を十分注意して安全を確認してから横断すべきであるのに、車の走行状態を確認しないまま国道一五三号線の信号機の設置されていない場所を斜めに横断したものである。
本件事故は、亡きく代がほんのわずか後方から来る車両に注意し、そのまま歩くことなく止まるか、一歩さがれば十分回避できた。
亡きく代の過失割合は四割を下ることはない。
四 抗弁に対する答弁
本件事故付近道路は、住宅街の見通しのよい直線道路であり、反訴被告谷藤の前方には車両等の障害物は全く存しなかつた。
亡きく代はゆつくりした速度で歩いていた。
反訴被告谷藤の前方注視義務違反の程度は著しい。
本件事故発生場所は、直近の横断歩道のある交差点まで一五〇メートル以上あり、本件事故当時ガードレールもなく、日常付近住民の横断が絶えなかつた。
亡きく代は七七歳の老女であり、横断歩道への迂回を求めることは酷である。
前記のとおり著しい過失を有する反訴被告谷藤との関係においては亡きく代に過失相殺の対象とすべき過失はない。
第三証拠
本件記録の調書中の各書証目録、証人等目録記載のとおりであるからこれらを引用する。
理由
一 請求原因1(本件事故の発生)、同4(反訴原告らが相続したこと)の各事実は当事者間に争いがない。
二 請求原因2(反訴被告谷藤の責任)、同3(反訴被告会社の責任)の各事実については、原本の存在並びに成立に争いのない乙第三号証の一の一ないし一の五、同号証二の一、二の二、同号証の三により、これを認めることができる。
三 過失相殺について
1 原本の存在並びに成立に争いのない乙第三号証の一の二、一の三、乙第三号証の二の一、二の二、成立に争いのない乙第四号証によれば、次の事実が認められる。
本件事故発生現場付近道路は、市街地にあり、交通ひんぱんで、見とおしはよく、路面はコンクリート舗装され、平坦で乾燥しており、速度制限時速四〇キロメートル、駐車禁止の交通規制がなされていた。反訴被告車走行道路は片側二車線(片側車道幅員六・八メートル、中央分離帯あり)で、歩車道の区別があり、本件事故発生場所付近には右道路と交差する細い道路(南側道路幅員二・八メートル、北側道路幅員五・八メートル)があり、本件事故発生現場付近には歩道橋や横断歩道はなく、信号機も設置されておらず、一番近くにある信号交差点は西方約一三〇メートル地点の安田通三丁目交差点、東方約一三五メートル地点の宮裏交差点であつた。反訴被告谷藤は、亡きく代発見直前、時速約四五キロメートルの速度で、ほぼ西方に向かい進行していた。亡きく代は反訴被告車走行道路を右方の安全を確認しないでほぼ南からほぼ北に向かいゆつくりとやや斜めに横断歩行を開始した。本件事故当時、亡きく代が横断を開始した場所には歩道と車道を分離するガードパイプはなかつた。
2 以上によれば、亡きく代には、本件事故発生現場の車道を横断するに際し、右方の安全を確認せず、やや斜めに横断した過失があるが、前記認定の諸事情を総合すると、その過失割合は二〇パーセントと認めるのが相当である。
四 請求原因5(損害)について
1 請求原因5(一)(治療費一〇万二二六〇円)の事実は当事者間に争いがない。
2 葬儀費用
反訴原告伊藤珠子の本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる乙第二号証の一ないし八、同号証の九の一ないし九の三によれば、亡きく代の死亡により反訴原告らがその葬儀を執行したこと、本件事故と相当因果関係ある葬儀費用は約金九〇万円であることが認められる。
3 逸失利益
(一) 前記乙第三号証の一の一、乙第三号証の三、反訴原告伊藤珠子の本人尋問結果によれば、次の事実が認められる。
亡きく代は、明治四一年一〇月一〇日生で、本件事故当時七七歳であり、腰痛で週一、二回、病院に通院していたが、他には病気等はなく、無職ではあつたが、反訴原告伊藤珠子が幼稚園長をしていたので、同反訴原告の二人の子の世話や別棟の管理等をしており、歩行障害はなく、労働の意思と能力を有していた。
(二) 以上によれば本件事故直前の亡きく代の得べかりし年収入は、昭和六〇年度賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計、女子労働者六五歳以上の平均賃金の約八〇パーセントである金一七〇万円と認めるのが相当であり、生活費控除率は四〇パーセント、ホフマン係数は約二・七三一と認められる。
よつて、亡きく代の逸失利益は次の計算により、約金二七八万五六二〇円となる。
170万×(1-0.4)×2,731=278万5620(円)
4 慰藉料
(一) 反訴原告伊藤珠子の本人尋問の結果によれば、亡きく代の葬儀や月命日、四九日の法事には、反訴被告谷藤が出席し、亡きく代の通夜、葬儀には反訴被告会社の常務取締役、支店長及び総務部長が出席していること、昭和六一年五月に反訴被告会社から「四九日の法事はいつ行うのか」という連絡があつたが、反訴原告らは反訴被告会社の出席を断つたこと、同年五月(四九日の法事終了後)反訴原告らと反訴被告ら間で本件事故による損害賠償につき交渉がなされたが、示談は成立しなかつたことが認められる。
(二) 以上認定の各事実を総合すると、亡きく代の本件事故による死亡慰藉料は一四〇〇万円と認めるのが相当である。
5(一) 以上1ないし4の各損害を合計すると
10万2260+90万+278万5620+1400万=1778万7880(円)
となる。
(二) 右損害合計額につき前記三認定の過失割合による過失相殺をすると、
1778万7880×(1-0.2)=1423万0304(円)
となる。
6(一) 反訴原告らが本件事故による損害賠償金として金一〇九六万三九六〇円を受領していることは当事者間に争いがない。
(二) 前記5(二)認定の損害額から右6(一)の既受領金を差し引くと
1423万0304-1096万3960=326万6344(円)
となる。
7 反訴原告らは右損害賠償請求権を各四分の一宛相続したものであるから、反訴原告らの各相続した金員はそれぞれ
326万6344÷4=81万6586(円)
となる。
8 (弁護士費用)
反訴原告らが本件事故に基づく損害賠償請求のため弁護士に訴訟代理を委任し、相当額の報酬を支払う旨約したことは、弁論の全趣旨により、これを認めることができる。
本件事案の難易、請求認容額、その他諸般の事情(不法行為時からその支払時までの間に生ずることのありうべき中間利息を不当に利得させないことを含む)を斟酌すると、各反訴原告につき各金六万円が本件事故と相当因果関係ある弁護士費用と認められる。
9 前記7、8の各損害額を合計すると
81万6586+6万=87万6586(円)
となり、反訴原告らはそれぞれ反訴被告ら各自に対し各金八七万六五八六円の損害賠償請求権を有することになる。
五 以上によれば本件反訴請求は、反訴被告ら各自に対し、反訴原告松田弘が本件事故に基づく損害賠償金八七万六五八六円及びこれに対する本件事故日である昭和六一年三月一五日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、反訴原告松田潤一が前同損害賠償金八七万六五八六円及びこれに対する前同昭和六一年三月一五日から完済まで前同年五分の割合による遅延損害金、反訴原告伊藤珠子が前同損害賠償金八七万六五八六円及びこれに対する前同昭和六一年三月一五日から完済まで前同年五分の割合による遅延損害金、反訴原告松田満雄が前同損害賠償金八七万六五八六円及びこれに対する前同昭和六一年三月一五日から完済まで前同年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるからこれを認容すべきであり、反訴原告らのその余の請求は理由がないからこれを棄却すべきである。
よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 神沢昌克)